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14

Jan

サイコパス、鬼滅の刃、カバネリ……「続きは劇場版で」はアリ? ナシ?

出典 : Amazon.co.jp

テレビアニメ放送後に劇場版での続編が決定する作品がありますが、ファンから歓迎されるケースもあれば、白けさせてしまうケースもあります。
そんな「続きは劇場版で」は果たしてどんな場合ならアリなのかを徹底検証しました!

パターンA:本編で完結せず「続きは劇場版で」

出典 : Amazon.co.jp

アニメにおける「劇場版」は、必ずしも特別な内容になるとは限りません。
テレビシリーズの総集編に過ぎないものから壮大なスケールで作られる完全オリジナルエピソードまで、様々な劇場版が存在します。

総集編は必ずしも歓迎されるものではありませんが、テレビシリーズを観ていなかった人の入門編には最適ですし、新規カットの導入やクオリティアップなどによって既にテレビで観たファンも楽しめるよう工夫されている作品が殆どなので、忌避されることもあまりないと思われます。

一方、「続きは劇場版で」の場合はファンの反感を買うことがしばしばあります。
テレビシリーズの続きを劇場版で公開するケースですね。
ただし、このケースにも複数のパターンがあり、それによってはファンから受け入れられる映画化になる場合もあれば、拒絶されてしまう場合もあります。

そして、最もファンの反感を買いやすいのが、本編で区切りを付けずそのまま続きを劇場版でやる本編未完パターンです。

視聴者にとって、テレビアニメと劇場アニメは決して地続きではありません。
劇場アニメは一般的にスケールアップすることが多く、より美しい映像、作り込まれた演出で作品を観ることができるメリットはありますが、視聴にお金がかかるのは大きな差異と言えます。
テレビで無料で観ていた作品を、ある地点からは料金を払って観なくてはならなくなるというのは、単純な損得勘定を抜きにしても気分的にあまり良いものではありませんよね。

それでも、本編でしっかりと区切りが付いていれば、そこまで反感を持たれることはありません。
例えば『けいおん!』のように、原作のラストまでをテレビシリーズでやって、その続きをオリジナルエピソードで映画化するという場合は、ファンにとって嬉しいサプライズであり、歓喜しかないでしょう。
そこまで綺麗な区切りではなくても、『鬼滅の刃』のようにテレビシリーズで区切りの良いエピソードまでやって、次のエピソードを映画化するケースも、ほとんどのファンから納得を得られます。

しかし、本編で物語的に決着を付けずに「続きは劇場版で」をやってしまうと話は別。
キチンと終われていないので当然テレビシリーズ単体での評価が大きく下落しますし、まるでテレビシリーズを映画に呼び込むためだけに作ったかのようなイヤらしさも感じてしまいます。
「どうせ映画で続きをやるんだから、構成もアバウトで良いよね」みたいな感じで適当に作られていたんじゃないかと疑われかねません。

また、このような本編で完結せず「続きは劇場版で」をやってしまった作品の中にも2つのパターンが存在します。
1つは、最善を尽くしたけれど中途半端な形で終わり、それでも人気があったため劇場版で続編を作った作品
そしてもう1つは、最初から劇場版ありきで制作されていた作品です。

作品のクオリティとしては、万策尽きた感のある前者より寧ろ後者の方が高いことが多いでしょう。
ですが、より反感を買うのは後者です。
ストーリーの途中で最終回が終わり、放送直後に「劇場版制作決定!」とアナウンスされるのをファンは複雑な思いで見つめることになります。

近年放送されたアニメでは『PSYCHO-PASS サイコパス 3』がこの例に該当します。
根強い人気を誇る本作が久々に地上波で放送されるとあって非常に期待されていましたが、起承転結の「転」、或いは「承」の時点でテレビシリーズの最終回が終わり、続きは劇場版で公開されることが発表されたことで、ややトーンダウンしてしまったファンも少なからず見受けられます。

古くは『新世紀エヴァンゲリオン』もこのパターンですね。
どんなラストを迎えるのかワクワクしながらテレビシリーズ最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」を待っていたファンの中には、今も納得していないという人がかなりいます。
とはいえ、「おめでとう」で有名なあの最終話が大きな話題になり、放送後更に知名度を上げたという側面もあるので、本作に関しては一概にマイナスだったとは言えませんが。

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