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【のんのんびより】3期決定!大人気癒し系日常アニメのここがすごい!日常の本質とは?検証しました

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1人でいるしかないからこそイベントを

出典 : Amazon.co.jp

ただし、「1人でいるしかない」からこそ起こりうるイベントもあります。
いくら行くあてがないとはいえ、家に居ても暇でどうしようもなければ、「そこらへんをうろつく」ぐらいのことは誰でもするでしょう。

たとえば、1期、4話の「夏休みがはじまった」において、れんげは自宅の縁側で寝転がっています。
暇だったのか、外をうろついていたところ、帰省中であった女の子・ほのかと出会います。
これは、「1人でいるしかない」からこそ生まれたイベントです。暇がすぎた故に発生するイベントもあるということです。

いつでも連絡が取れていたり、行く場所があれば、決まったメンバーと遊んだり、決まった場所に行ったりしてしまい、ほのかと出会えなかった可能性がありえます。

日常系では、人と会って何かをするイベントが、学校行事やお祭りごとによって、ある種仕組まれているものであり、現実の日常においても、約束や予定という形でイベントを仕組むことで、私たちは暇を潰すことが多々あります。

そういったイベントを、外界と遮断された田舎という環境を利用し、仕組みにくくすることで、「暇」と向き合い、「何も起きない」日常を動かそうとするのは、私たちの現実的な日常そのものなのではないでしょうか。

田舎の静けさ

ほのかとれんげの話に戻ります。
2人は、数日間続けて遊びましたが、ほのかはれんげに告げることなく、町から急に去ってしまいました。このことを彼女の祖母宅で聞かされたれんげは、玄関先で、(再生時間にして)40秒以上固まって、涙を溢れさせます。このシーンでもまた、田舎であるという設定が活きます。

もし、これが人通りのある街中や、住宅街であった場合、どうなるでしょうか。
れんげはまだ小学1年生なので、「人通りを気にして泣くのを我慢する」といったことはしないかもしれません。
しかしながら、「ほのかの祖母宅を去るれんげ」はどうでしょうか。
もし、街中や住宅街であれば、まず、れんげの注意が散ります(れんげにとってはありがたいかもしれませんが)。ショックで浮ついた足のまま、公園に行ってブランコで遊んだり、駄菓子屋に行ってみたりと、気を紛らわす行為ができたかもしれません。

一方、田舎道となると話は違います。
れんげは、ほのかが去ってしまったこと、そして別れが突然にやってきたことについて、ほとんど何もない帰路の最中、1人で向き合わなければなりません。
小学1年生のれんげは、このことをうまく処理する力すら持ち合わせていないかもしれません。にも関わらず、です。

そして、れんげにとっての「しょんぼり」がどれだけ大きいことかというのを、視聴者は正面から見せつけられます。

ほのかの祖母が戸を閉めると、まずは、蝉の音が消え、れんげの心中に沿うような静かで物悲しいBGMが流れます。ショックの大きさに「蝉の音すら聞こえない」という描写でしょうか。
れんげが涙した後、立ち去る際、今度は思い出したかのように大音量の蝉の音が入ってきます。
れんげが、少しだけ我に帰ったことで、むしろ、蝉の声だけがやかましいくらい聞こえてくるような何もない場所で、1人、悲しみに包まれながら帰るしかないという描写がされています。

このように、日常系であるからといって、キャラクター達が「何かをしようとして何かをした」というイベントだけを切り取るのではなく、「田舎」という環境を利用し、日常の中にある、人間の内面だけを切り取るというのは、他の日常系にはあまりない特徴ではないでしょうか。

「ほのかと遊ぶ」というイベントのつもりが、「ほのかと遊べなかった」という「何も起こらなかった」側に転じてしまうことも、現実の日常ではよく起こりうるのです。

まとめ

本来、日常は静かなもので、何も起きていない時間の方が多いでしょう。
毎日必ず何かが起きているならば、宿題の絵日記はものすごく簡単に書けたはずです。
実際、登場人物たちは、割と暇そうにしています。
何も起きない。だからこそ、何かを探しに行くし、何かをしようとするのです。
日常は本来静かで、人はそんなに喋らない。そんな、日常の本質が垣間見れるのが『のんのんびより』の魅力なのでした!

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