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【俺ガイル】雪ノ下雪乃は正論武装で弱い心を守りたい?

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雪乃と八幡の関係

出展 : Amazon.co.jp

八幡に対する雪乃の第一印象は、辛辣な言葉の数々とは裏腹に、決して悪いものではなかったと思われます。
最初の八幡との会話で散々指摘した彼の人格の歪みや性格の悪さについては、静の依頼である「彼の捻くれた孤独体質の矯正」を考慮し、多少は芝居じみたものだったでしょうし、会話の中で八幡が宮沢賢治先生の短編小説『よだかの星』の引用を見抜いたことは読書好きの雪乃にとって少なからず好印象だったはずです。(表面には微塵も出していませんが)

その後のやり取りや奉仕部での活動を経て、八幡は雪乃に対し「自分に似ている」部分があると感じるようになります。
前述したように、経緯は正反対ながら過去の環境で共に人間関係に対し一歩引いたスタンスになった者同士であり、上辺だけの馴れ合いを嫌うという共通点もあったからです。
ならば、感性の近い八幡と同じことを雪乃も感じていたと考えるのが自然でしょう。

八幡は雪乃に対しシンパシーを覚え、同時に常に自己を貫き続ける彼女の美徳尊敬の念を抱くようになります。
彼が自己犠牲を伴う卑屈なやり方で他者の問題解決を試みることにこだわっていたのも、雪乃の己を貫く強さに多少なりとも影響を受けているからでしょう。

一方の雪乃は、八幡の自分を悪役に仕立てて問題を収束させようとするやり方には強い嫌悪感を抱いています。
特に、戸部翔(とべ かける)が海老名姫菜(えびな ひな)に100%失敗するであろう告白しようとした際、戸部より先に姫菜に告白し「誰とも付き合えない」という言葉を引き出し戸部の告白を阻止する……という方法を採った彼に対し、その一部始終を見ていた雪乃は「あなたのそのやり方、とても嫌い」と断言し、しばらく2人の関係は冷え切ったものになりました。

実際、「姫菜から事前に阻止するよう暗に依頼されていた」「自分以外誰も傷付かない効率的な方法」などの事情や理由を考慮したとしても、告白という「人が自分の想いを伝える瞬間」を作為的に台無しにする八幡のやり方は、端で見ていて気持ちの良いものではありません。
しかし雪乃が嫌悪感を示したのはそれとは関係なく、彼女もまた八幡に親近感を抱いており、そんな彼が大事にしなければならないことを大事にしていない事実に、悲しみを覚えてしまうのでしょう。

八幡は陽乃から「自意識の怪物」と言われるほど、全ての判断や洞察に関して自分を基準にしています
雪乃は逆に自分がなく、常に姉の背中を追いかけてきた人間。
そういう意味では、この2人は似た部分と正反対の部分を兼ね備えた関係性と言えます。

そんな雪乃と八幡の関係を、陽乃は「共依存」という言葉で表現しました。

共依存というのは簡潔に言えば「関係性に対する過剰な依存」です。
「依存症患者がパートナーに依存し、パートナーも現状に依存する」というものなので、依存症患者の存在が大前提です。

依存症は近年その範囲を拡大し、「ゲーム依存」もWHOから疾患認定され、また公式な診断基準がなくともネット依存や恋愛依存など様々な分野において社会問題になっています。
元々はアルコール依存症の家族に対して用いられていた言葉で、アルコール依存症の夫から度々暴力を受けたり暴言を吐いたりされながらも、その妻は「このボロボロになった彼は私がいなければ立ち直れない」と考え、次に「彼がアルコール依存である限り今の『彼にとって必要な自分』が成り立っている」と意識的・無意識的に理解するという思考パターンになり、その結果アルコール依存症の治療に協力的でなくなる(若しくは治療を放棄する)……というのが典型例ですが、現在では「DV夫と別れられない妻」などの関係性にも用いられています。
DVにも「自分が傷つくことを恐れ暴力に逃げる」という依存的な一面があるからです。

もし本当に雪乃と八幡が共依存であるならば、どちらかが「病的な依存」を抱えていることになります。
しかし、この2人の中に明らかな依存症患者や依存的なパーソナリティの人間はいません。
雪乃も八幡も、日常生活に支障が出るほど誰かに、或いは何かに依存している訳ではないからです。

例えば、自分を傷付けること他者を救うことに八幡が固執し続け(自己犠牲への依存)、それを雪乃が肯定していたとすれば、それは「病的な依存者とパートナーの現状への依存」に該当するかもしれませんが、実際には異なります。
「現状に依存する」という部分はその通りですが、現状そのものが病的な依存性を有してはいないのです。

なので、厳密には共依存ではありませんが……この言葉はあくまでも陽乃が八幡に対し皮肉と警告を込めて言ったもの。
例えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)も、一般人が使う際には厳密に診断基準に則った症状に対してではなく、過去のトラウマが原因で生じる症状全般に対して使うことが大半ですが、要はそれと同じですね。
単に「君たちの関係性はまるで共依存的だ」という指摘に過ぎないのです。

陽乃は八幡に対し、「あの子(雪乃)に頼られるのって気持ちいいでしょ?」という言葉を囁きました。
そして八幡は陽乃の指摘を心中で認め、「彼女に頼られることを存在意義の補強に当てている」と自覚しました。

これを八幡は「おぞましい」と表現して卑下いましたが……実際には親しい人に対してごく普通に行われることであって、常軌を逸している訳ではありません。
問題の根本は、そういう関係性をどうしても表面化しきれない所にあります。
その歪さが共依存的な関係性に繋がっているのです。

そして、表面化できない理由は言うまでもなく奉仕部の存在です。

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