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【ごちうさ】ココア(保登心愛)は本当に主人公なのか?検証まとめ #ごちうさ

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序盤はココアの物語

出展 : Amazon.co.jp

主人公らしさの観点において非常に重要な要素の1つに、「最初にどのキャラが登場するのか」という点が挙げられます。
物語の最初に出て来たキャラは、それだけで主人公っぽく感じられるからです。

例えば同じきらら系作品の『ゆるキャン△』では、原作組は志摩リンというキャラが主人公だと認識している読者が多いのに対し、アニメ組は各務原なでしこというキャラを主人公と見なす視聴者が多かったようです。
アニメに関しては、キャストのクレジットでなでしこが一番手であること、キャラクター紹介でなでしこが中央に配置されていることが主な要因でしょう。

そしてもう一つ、初登場シーンも多少なりとも影響を与えていると思われます。
原作だとリンのソロキャンの様子が冒頭で描かれているのに対し、アニメだとその前に各務原なでしこを中心に写真を撮るシーンが追加されていて、OPでもなでしこが先に登場しています。
先に登場した方を主人公だと直感的に理解している人も多いのではないでしょうか。

では、ごちうさはどうなのでしょうか。

ごちうさの冒頭は、アニメと原作コミックとでは若干違います。
原作の連載時はアニメと同じくココアが高校入学に際し木組みの家と石畳の街へ引っ越して来たところからスタートしますが、コミックではその前にココアのモノローグで主要キャラを紹介する4コマが掲載されています。
もっとも、どちらもココアがメインになっている点は共通しているため、この時点ではごちうさの主人公はココアだと認識する人が圧倒的に多いのではないでしょうか。

また、ごちうさは序盤「ココアが木組みの家と石畳の街に住む女の子たちと知り合い仲良くなっていく物語」として描かれています。
ココア以外のメインキャラは既にコミュニティがある程度出来上がっているのに対し、ココアは街に来たばかりで、出会う人はほとんどが初対面。
このココアの視点と、ごちうさを観始めた(読み始めた)ばかりの読者の視点は綿密にリンクしており、ココアが主人公の視点を代行していると言えます。

これらのことから、少なくとも序盤におけるごちうさはココアの物語であり、ココアが主人公であることは間違いないでしょう。

日常モノに主人公は不要?

序盤はあらゆる点で主人公らしかったココアですが、メインキャラと知り合って以降はその限りではありません。

例えばアニメ1期5羽「ココアと悪意なき殺意」はサブタイトルにココアの名前が入っていますが、内容は前半がチノ、後半がリゼをメインにしたエピソードとなっています。
それ以降も、ココアが中心のエピソードは特別多くはなく、出番も5人のメインキャラがほぼ均等
2期8羽「スニーキングストーキングストーカーストーリー」のリゼ&マヤの話や、2期10羽「Eを探す日常」のチノ&千夜の話など、ココア以外のキャラの組み合わせを主軸にしたエピソードが増えていきます。

この現象はごちうさ特有のものではありません。
寧ろ日常モノにおいては頻繁に見られる展開です。

日常モノは基本的、ストーリー上において「これ」という目的はありません。
誰もが経験したことのある「目的のない、けれど楽しい日々」を描いているからこそ日常モノというジャンルが成立するのであって、それはストーリーの牽引役がいなくても作品として十分に成立します
逆に日常モノに主人公を置いてしまうと「登場キャラの頻度が偏る」「主人公と関わりが薄いキャラの出番が減る」「エピソードが制限される」などのデメリットが多くなるため、特定の主人公を立てない作品の方が多いのではないでしょうか。

ごちうさも例外ではなく、ストーリー上の目的は特にありません。
ココアには「街の国際バリスタ弁護士となりパンを焼きながら小説を書く」という夢が一応ありますが、ごちうさはココアがこの夢を叶えるために頑張る……という物語ではなく、あくまでココアたちの日常を描いたお話です。
また、本作は「このキャラをメインに据えた回は明らかに弱い」といったことはなく、ココアを含むメインキャラ全員が主役となれるだけの魅力と人気を備えているので、ココア1人が主人公でなければならない理由が存在しないのです。

日常モノの性質、そして各キャラの魅力という観点からすると、ココアが主人公ではないとしても矛盾はありません。

「姉になりたい」という願望が主人公らしさを低減?

出展 : Amazon.co.jp

ココアには主人公らしさがたくさんありますが、逆に主人公らしくない、或いは主人公らしさを低減させている要素もあります。
彼女の「チノの姉になりたい」という願望です。

主人公は通常、その物語の中心人物であり、自らが輝きを放つ存在です。
目立ちたがり屋かどうかはそのキャラの性格にもよりますが、結果として最も目立つ戦果をあげたり多くの人たちに讃えられたりするからこそ、主人公というポジションが与えられているのです。

しかしココアは、自分が輝くこと以上に「チノに輝いて欲しい」と考えていて、常に「チノに笑顔でいて欲しい」「チノを喜ばせたい」と願っています。

これはモカからの影響が大きいと考えられます。
SPアニメとして劇場公開された『ご注文はうさぎですか?? ~Dear My Sister~』において、ココアはモカを一番の憧れと位置付けており、モカのように他人を楽しませるような人間になりたいと告げました。
ココアは自分が輝くこと以上に、他人を輝かせるような存在になりたいのでしょう。

それ自体はとても素晴らしく、ココアというキャラの魅力そのものと言っても過言ではありません。
彼女の優しさ、いじらしさ、謙虚さ、そして可愛さが全て凝縮されています。

ただ「自らが輝きを放つよりも他者を輝かせたい」というその願いは、主人公というよりむしろサポート役の思考に近く、主人公らしさという観点で考えるならば、そこからはちょっと距離のある生き方のように感じられます。
つまり、ココアの生き様は主人公というよりは「縁の下の力持ち」なのです。

もちろん、サポート役や裏方が主人公であってはいけないという決まりはありません。
ですが「サポート役を主人公とした物語」というコンセプトの作品でもない限り、通常は主人公らしくない性質と見なされます。
「チノの姉」という肩書きを望むココアの奥ゆかしい人間性は、主人公らしさとはあまり縁がないのかもしれません。

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