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Feb
無惨、フリーザ、DIO、シャア……魅力的なラスボスの条件とは?
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バトル漫画・アニメに必ず登場する「ラスボス」ですが、その後何十年も語り継がれるレベルで浸透するラスボスもいれば、影が薄いラスボスもいます。
一体どんなラスボスが多くの人の心を掴み、強い関心を持たれるのかを考察しました!
ラスボスの歴史
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ラスボスとは、元々はゲーム、特にRPGに登場する最後の敵を指す用語でした。
その後、漫画やアニメに登場する黒幕的な存在に対しても使われるようになり、作品最後の敵ではなく長期エピソードのボスについてもラスボスと呼ぶようになりました。
現在ではバラエティ番組などでも普通に使用されるなど、一般的な言葉として定着しています。
ゲームの場合、例えば『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』のシドーや『ファイナルファンタジーIX』の永遠の闇(ペプシマン)のように、主人公と何の関わりもなくポッと出のキャラでも最後の敵というだけでラスボスに該当しますが、漫画やアニメの場合はそういった敵がラスボスになることはまずありません。
大抵は主人公と何かしらの因縁があるか、己の信念や哲学に基づき世界を滅ぼそうとしている敵がラスボスとなります。
そのため、漫画やアニメのラスボスは多くの場合、悪に染まった過程や背景が作中で示唆され、ラスボスなりの考えやしがらみ等が描かれています。
その流れを決定付けたのは、恐らく『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルでしょう。
彼は敵キャラでありながら、主人公のアムロ・レイと同等以上にパーソナリティを濃密に描かれ、その結果絶大な人気を獲得し、ガンダム人気に大きく貢献しました。
以降、敵キャラを魅力的に描くことが名作の条件とさえ言われるようになり、実際そういった作品が漫画・アニメ界を席巻していきます。
『北斗の拳』のラオウやサウザー、『キン肉マン』のウォーズマンや悪魔将軍、『聖闘士星矢』の黄金聖闘士は主人公たちを上回る人気者となり、作品を盛り上げました。
しかし一方で、この頃はラスボス自体がフィーチャーされることは然程ありませんでした。
1990年代になると、『ドラゴンボール』のフリーザが最強最悪の敵として当時の子供に強烈なインパクトを与えます。
他にも『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』大魔王バーンなど、『幽遊白書』の戸愚呂弟、『ジョジョの奇妙な冒険』のDIOなど、圧倒的な力を持つラスボスが数多く登場しました。
その後、ジョジョの吉良吉影や幽遊白書の仙水、るろうに剣心の雪代縁など、前シリーズの圧倒的な強ボスとの差別化もあってか、強さよりもその歪な思考に特徴を持ったラスボスが相次いで登場。
『新世紀エヴァンゲリオン』のヒットでアニメに「捻り」を求める人が急増したこともあって、ラスボスには強いだけでなく人間を超越した思考の持ち主であることが求められるようになりました。
この流れはゲームにも影響を及ぼし、2000年代以降のゲームのラスボスは「どうして世界を破壊したがるのか」「どうして悪であることを是とするのか」といった理由を明確に、時に哲学的に語るようになり、「悪は悪だけどラスボスの考えには一理ある」と思わせる作品が増えていきました。
同情の余地があるラスボスは時代遅れ? 純粋な悪のラスボスが人気
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前述した流れもあって、ラスボスが悪であることに論理的な理由を求める風潮が一時期かなり強くありました。
そのため、「幼少期に酷い目に遭った」「身内が殺された」など、同情せざるを得ないような理由で悪に染まったラスボスも多数生まれています。
その典型だった『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』のピサロが、2001年に発売されたリメイク版で仲間キャラクターになったのは、この一連の流れの象徴とも言えるでしょう。
このピサロが契機となったかどうかは不明ですが、その後ユーザーがラスボスに求めることは少しずつ変化していきます。
一時期は明確な理由があって悪行を行うラスボスに深みを感じていたユーザーが多かったのですが、近年ではそれよりも純粋な悪に徹するラスボスの方が魅力的だという意見が多くなっているのです。
逆に、同情の余地があるラスボスについては、主人公がラスボスを倒してもスッキリぜず後味が悪くなることもあって、好まれなくなってきています。
以前は、正義と悪を曖昧にしてボーダーライン上において議論を交わすことに熱中していたユーザーが多かったのに対し、現在は正義と悪をしっかりと区分けした上で作品を楽しむ方が望ましいと感じているユーザーが多いようです。
また、ラスボスに葛藤や同情を買うような過去などの弱い部分があることによって、ラスボスを倒すカタルシスが弱まることに抵抗を覚えるという意見も見受けられます。
ドラゴンボールやジョジョが現在も愛され続けている理由の1つは、ラスボスの多くがこの純粋悪に該当するからだと思われます。
ドラゴンボールはピッコロやベジータこそ改心しましたが、フリーザ以降のラスボスは純粋な悪。
カーズやディアボロなど、ジョジョのラスボスも同様です。
悪を悪としてしっかり描写されているラスボスこそが、最も魅力的なラスボスと言えるでしょう。