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二律背反する心!間桐桜の魅力に迫る!【Fate/stay night [Heaven’s Feel]】

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出典 : ©TYPE-MOON -ufotable- FSNPC ©TYPE-MOON : 劇場版「Fate/stay night [Heaven’s Feel]」Ⅲ.spring song

来たる2020年3月28日、桜がついにーーー?!
ということで、桜ファンである筆者が、桜の魅力に迫って参りたいと思います。

間桐桜というキャラクターのイメージは、人それぞれでかなり分かれるのではないでしょうか? 好き嫌いの別れるキャラクターとも言えます。
桜のことを、健気で優しい少女だと思っている人もいれば、我儘に振る舞う魔性の女だと思っている人もいるでしょう。それが桜です。

その二面性を紐解きながら、どうして桜が相反する人間性を内包した危うい人格形成をしてしまったのか。
どうして桜には士郎が必要で、士郎には桜が必要だったのかを説明していきたいと思います。

桜の魅力①理想の大和撫子

出典 : ©TYPE-MOON -ufotable- FSNPC ©TYPE-MOON : 劇場版「Fate/stay night [Heaven’s Feel]」Ⅲ.spring song

桜は基本的には、家庭的で温和、なおかつ献身的な理想の女性です。
何を理想とするかは人それぞれというところがありますが、桜の性格は、日本の古き良き女性像、大和撫子のイメージがしっくりと来るかと思います。

※大和撫子とは・・・「男性を立てる女性」。一歩下がって、控えめで奥ゆかしい女性のことを指します。また、奥ゆかしい中でも芯の強さがあり、強かな女性を讃えるような意味も含まれています。

他のヒロインたちが主人公である衛宮士郎の隣に並んで戦うことに対して、桜は士郎と一緒に戦場に出ることはしません。
その代わりに、常に家で美味しいご飯を作って士郎の帰りを待ち、常に危険の中に飛び込んでいく士郎を、あたたかい「普遍的な日常」で出迎えるのが桜の役割と言えます。
セイバーや凛は物語の中で出会って恋に落ちますが、桜だけは作品が始まるよりも前から知り合っており、作品が始まった頃から既に人間関係が出来上がっていること、士郎の家の鍵を桜が持っているという点からも、彼女と過ごす時間がいかに士郎にとって「普遍的な日常」であることが伺えます。

また、桜は士郎と肩を並べて戦いませんが、彼女もまた別のフィールドで戦っています。
彼女の過去は想像を絶するほどに過酷です。そして、その状態は今も続いています。
桜は自分が不幸であること、その不幸から決して逃れられないことを知っています。
それでも、士郎の隣でだけは慎ましやかで穏やかな日常を続けている。
そのことが、桜にとっては戦いなのです。これは不幸な自分と争うという戦いです。
そして、自分では逃げ出すことのできない不幸な環境の中で、桜は、救いを待っています。
過酷な環境の中で救いを待つというのも、理想的な一つのヒロイン像かと思います。
そんな誰かが救わなければ決して救われることのない桜だからこそ、士郎が彼女を助けたいと思えるのでしょう。

桜の魅力②真性の魔性

出典 : ©TYPE-MOON -ufotable- FSNPC ©TYPE-MOON : 劇場版「Fate/stay night [Heaven’s Feel]」Ⅲ.spring song

桜は理想の大和撫子と書きましたが、桜が見せる表情はそれだけではありません。
絶対に許されない罪を多く背負っているのもまた、桜の一面であり、桜を語るに置いては切っても切れない部分と呼べます。桜はどうしようもなく、魔性の女性と呼べてしまうのです。

桜は人を殺します。あまりも不条理に、あっさりと罪のない人間の命を殺すのが桜です。
現実において、あれだけの人の命を奪った人間が許されることは決してないと言えるでしょう。
それだけの罪を犯しているのが桜です。今作においては非情な面が目立つ、あのギルガメッシュ王ですら桜の行いを無視できず、自ら手を下しに来るほどに業の深いことを行なったのが桜です。

しかしながら視聴者は知っています。
桜の殺戮が、彼女の意思とは反して行われていること。そして同時に、罪なき人間の命を奪う桜の存在は、士郎が最も忌むべきものでもあることも。

桜の意思と行動における二律背反性が彼女の魔性の正体です。誰よりも「普遍的な日常」だけを望んでいる守られるべき少女が、最も「悪の化身」と呼べるのは皮肉としか呼べないでしょう。

また同時に、間桐桜が、誰よりも救われるべき少女であり士郎にとって最も守るべき「普遍的な日常」でもありながら、この世で最も許すことの出来ない「この世全ての悪(アンリマユ)」ーーー人類の敵である二律背反性を持っていることも、彼女と魔性としての一面と呼べます。

だからでこそ、誰もが桜が救われることをの望みーーー、あるいは、桜が救われないことを望むのです。
そんな危うさが、ファンにとっては非常に魅力的に映ります。

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